“味”おじさんの「おいしさ」の秘密講座
お肉は、調理法でおいしさが変わる
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“実験美学”という言葉をご存知でしょうか?
人が芸術に感じる美について、様々な自然科学的な手法で、芸術の中にひそむ秩序や法則を解明しようとするもの。歴史的には心の科学である実験心理学と兄弟のような関係です。実験心理学での大切な分野である心理物理学の生みの親、フェヒナーが実験美学も提唱したからです。
実験美学では1970年代に、バーラインが、「芸術作品のなかに含まれる特徴の程度が一番心地よいのは、情報量が多すぎず、少なすぎない、中程度の範囲にあるときである」ということを示しました。
例えば、情報量でなくても、音楽を鑑賞したときに音の大きさは大きければ大きいほどいい、というわけではないでしょう。ようは過不足がない程度というバランスが大事なのです。
そして、この実験美学ですが、実は、食べることにもあてはめることができるのです。
人は、お肉を食べるとなぜおいしいと感じるのでしょう?
お肉だけでなく、おいしいものを食べると幸せを感じるのでしょう?
味覚についての研究はかなり進んでおり、和食のおいしさにとって欠かせない「うま味」の成分や、お肉の熟成でうま味成分がどのように変化するのかが見出されるようになってきています。けれど、食品に対して感じるおいしさは、人それぞれの嗜好の問題なので、最終的には人の感情です。食品そのものの化学的、物理的特性や、それを味わう人間の感覚や心の特徴の両者で食べるときの人の心を明らかにしようとするのが私が研究をしている「食の心理学」です。芸術に感じる美も感性や嗜好の問題なので、食べ物の味も同じ理屈で考えられることも多いのです。そこで実験美学の理論が適応できそうです。
うま味成分などの物質の量に対する動物行動や、受容体(味のセンサーのようなもの)の活動を物差しとした研究では、うま味が多ければ多いほど、おいしいと感じることを前提としているかのように見えます。このような実験では、いい結果が出やすい範囲の物質量のところだけを扱うことが多いと聞きますがそれが一因かもしれません。でも、実際に自分の体験で考えるとあてはまらなくないでしょうか? 味覚で考えると食品も塩辛ければ塩辛いほどおいしい、というわけではないですよね。極めて強い塩味に対しては痛みを感じる受容体も反応してしまうようです。このように、食でもなにかの物質の量が高ければ高いほど良く感じる、というわけではなさそうです。これは先ほどの実験美学の考え方とよく似てますね。これは具体的な食品にも当てはまります。
例えばお肉。
和牛がおいしいと言われるのは、脂肪交雑(サシ)が多く、調理しても柔らかく、濃厚なうま味があるから。とはいえ、詳しく調べてみると、お肉を焼いて食べた場合、脂肪含量36%くらいのものが最も好まれ、おいしいと評価されるという結果がでています(日本女子大学:飯田文子先生「官能評価学会誌Vol.20.No.2「牛肉の食味評価」より」。この実験の結果は、牛肉の客観的な特性の評価をしっかりとできる方々においしさの評価もしてもらった結果をまとめたものです。
脂肪の量とよく知られている和牛の等級は関係しています。脂肪の量が十分にないと等級が上がりませんので。脂肪含量36%は、等級でいうと3等級と4等級の間くらい。高級でおいしいと言われる5等級ではないのです。これこそ、等級の高さではなく、人の嗜好をできるだけ客観的に測定した結果なのです。
ただ、これは焼いたお肉の場合で、実は調理法によっては、評価が変わってくることも飯田先生の研究で示されています。
和牛といえば、すき焼きは代表的なメニューですが、すき焼きの場合は、より脂の多いお肉つまり、5等級に近いお肉の評価が高く、等級が下がるとおいしさ評価が落ちるのです。焼くのではなく煮熟(煮詰めること)する料理には、脂肪含有が多い方が、ほどよく脂も煮溶け、やわらかくおいしいという嗜好になるのです。たぶん、おいしさを感じるピークが煮熟の場合は、焼成の場合よりも等級が高いほうへシフトするのでしょうね。
ステーキで食べる場合は、2等級や3等級のお肉の方が、好まれることもあります。
調理法によって、食べる量も変わります。私はステーキはちょっと噛み応えがあるのが好きで、たくさん食べたい! 派なので、脂も少し控えめがおいしいです。お肉のおいしさの感じ方は違うのです。ちょっと面白いですよね。
“味”おじさん=和田有史
立命館大学 食マネジメント学部教授 副学部長
1974年静岡県生まれ。
農研機構(農業・食品産業技術総合研究機構) 食品総合研究所主任研究員等を経て、2017年より立命館大学教授。博士(心理学)。専門官能評価士。専門は実験心理学。
”食”をモチーフに多感覚知覚、エキスパート知覚、消費者認知などの研究を行い、人の心のメカニズムの解明とその知見に基づく応用技術の開発を目指している。
所属学会:肉肉学会(理事)、日本官能評価学会(理事)、日本基礎心理学会(理事)、日本認知心理学会、日本心理学会、全日本・食学会